2008年01月05日

雨ニモマケズ

今日は昨年末に他界した「おじちゃん」との別れの日。朝の出棺から、火葬、そして告別式と、夕方までかけて最後のお別れをしてきました。

何人かの年配の方とお話しさせていただいて、おじちゃんと、その弟である私の父がたどった足跡を聞くことができました。現代の豊かで飽食の時代からすると、考えられないほどの貧困の中、離散せざるを得なかった家族のつらさは、いかほどのものであったでしょう。おじちゃんの遺影を見つめながら、いろんな事を考えていました。

おじちゃんが好きだった宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を、おじちゃんと家族同様にして育ったSさんが、弔辞で読みあげてくれました。

雨にも負けず 風にも負けず
雪にも 夏の暑さにも負けぬ 丈夫な体を持ち
欲はなく
決して怒らず
いつも静かに笑っている
(中略)
みんなにデクノボーと呼ばれ
ほめられもせず 苦にもされず
そういうものに わたしはなりたい

その詩の、圧倒的な力強さ、優しさ、穏やかさ、悲しさ、それらにあらためて触れて、流れる涙を抑えることができませんでした。

私は何のために生きているのか。
私は家族や友人を大切にして生きているのか。
誰に恥ずことなく、真っ直ぐに歩いているのか。
残された者たちは、その永遠の課題と向き合って生きていくしかないのです。


posted by jiro at 21:59| 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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